葛藤

どうしてもまだ勉強ができない。机の上には勉強する準備ができているのに、座ってノートを開くことができない。そんな自分に嫌気が差す。罪悪感がつのる。みんなやってるのに、みんな大変なのに、みんな辛いのに。なのにこんなに自分に甘くてどうするんだ。こんなに弱くて、どうするんだ・・・

日付が変わってから台所でお弁当用のポテトサラダを作りながら(このときはちょっと浮上できていた)、いつにも増して色々考えた。分かったことのひとつは、今の私は「どれだけ頑張りたいのか」と「実際どれだけ頑張れているのか」にギャップがありすぎる、ということだった。自分の理想が高すぎて、そこに全然追いつかない。追いつかない自分に価値や存在意義が見出せなくなり、自分を否定し、自分が嫌いになる。別に100%満たせなくてもいいじゃないか、とりあえず70%くらいとかできてればいいじゃないか、と思おうとしても、頭ではそれでもいいはずだと分かっていても、気持ちがそれを許したくなくて、そして実際に許せない。許してしまったら「私がなりたくない医者」になってしまいそうだから。でもそうやって自分を追い詰めてもしょうがない、とこれまた頭では分かっていても、感情がついていかなくて結局自分で自分の首を絞めてしまう。

負けず嫌いで完ぺき主義なのかもしれない。実際は負けてばっかりで、完璧にものごとをこなしたことなんて何一つ思い起こせないけど、多分気持ちだけはそうなんだろう。私の理想の医師像も、完ぺき主義を反映している気がする。知識も技術も豊富なのはもちろん、優しくて、患者さんのことを第一に考えて、いつも話を聞いてくれて、落ち着いていて、情緒も安定していて、頭の切り替えが早くて・・・

でもまだ医者にもなっていないこの学生というラクチンな状況ですでにこんな精神状態の私がそんなカンペキな医者になんてなれるはずもなく、そうするとなれないと分かっていてあえて医者になる意味なんてあるんだろうか、とかいう風に考えてしまうのだ。私が、私がなりたくない医者(傲慢で、たとえ知識も技術もあったとしても患者さんに八つ当たりしたり、ろくに話も聞かなかったり、人の気持ちになって物事を考えることができなかったりするような医者)になってしまうくらいなら、いっそ医者にならないほうがいいではないか。そのほうが「世のため、人のため」だ。そんな医者、誰だって望まないし。

そんな風に思っていた時、こんな記事を見つけてしまった。


id:hidamari_kei:20040927#p1


読みながら、大泣きしてしまった。